Hanoi Vietnam

Hanoi Attractions

  • タイ湖&鎮国寺

    ハノイの北側に広がるタイ(Tay)湖は周長約17キロメートルにもなる首都ハノイで最も大きな湖だ。 地元ハノイっ子からも愛されており、週末は家族連れなどでにぎわう。 湖の東の湖畔には6世紀にまでその起源をさかのぼることができるハノイ最古の仏教寺院、鎮国寺がある。 鎮国寺はもともとはホン(Hong)河沿いにあったが、度重なる川の氾濫と侵食によって現在のタイ湖の南東の湖岸にある金魚島に移築された。 現在では小さな土手道が寺と湖岸をつないでいる。 本堂の中はきらびやかで込み入ったつくりとなっており、仏教の三身の考え方に基づき、全部で10の祭壇がある。 また、祀られているのも釈迦や菩薩のほかに、関羽、英雄チャン・フン・ダオまでさまざま。 金で縁取られた赤い漆塗りの涅槃仏をチェック。 1639年に作られたもので、ベトナム様式の仏像の傑作と称えられているものだ。 庭にある菩提樹は仏陀が悟りをひらいた菩提樹のさし木から育ったものとされている。 寺の境内からは湖の反対側の息を呑むようにすばらしい日の入りを眺めることができる。

  • クアンスー寺

    現在ベトナムの仏教寺院の総本山であり、ベトナムで最も重要な寺の一つであるクアンスー(Quan Su)寺は、長い歴史があったり建物がとりわけ素晴らしい、というわけではないが、ハノイにある有名な場所のひとつだ。 元々は首都へ高位の人が訪れたときにもてなすための場所として建てられた。 レ朝の最後に多くの仏教寺院が焼かれたが、幸いにもクアンスー寺は残った。 線香を買って、祭壇の前にあげよう。 いつもお祈りをする人々で混み合っており、境内は線香の煙がたちこめている。 所在地はホアンキエム(Hoan Kiem)区のクアンスー(Quan Su)通りにある。

  • 一柱寺

    一柱寺はリー朝第二代皇帝リー・タイ・トン(Ly Thai Ton)によって1049年に建立された延祐寺内の仏堂だ。 ハノイ西部、ホーチミン廟から近い場所にあり、1954年にはフランスによって破壊されたが、すぐに再建された。 リー皇帝が蓮の上で赤子を抱いた観音菩薩の夢をみた後に、待望の世継ぎが生まれたことから、観音菩薩への感謝を込めて蓮の花に見立てたこの仏堂が建てられたといわれている。 一本柱に支えられた御堂が蓮池に浮かぶ姿は、なるほど蓮の花のようであり、ベトナムが育んだ建築文化の素晴らしさを感じさせる。 薄暗い御堂内部に入ると蓮の花に座る金色の観音菩薩の像がある。 冬に池の水が減ると、見た目がさえなくなる。 見学時間は8~17時。入場料は無料。

  • ルマット村(ヘビ村)

    脈打つコブラの心臓が入ったグラス一杯のお酒や、小さなヤモリ入りのカクテルはいかが? ロンビエン(Long Bien)区にあるレマット(Le Mat)村はヘビ料理で有名な村。 ヘビ料理は一匹で60万~100万VNDする高価なものだが、その一匹は余すことなく7品の伝統料理に調理される。 ヘビ肉入りのスープ、ヘビの尻尾のレモングラス風味、へびの骨の揚げ物、ヘビ肉の春巻きなど、ヤマカガシやコブラを使った料理は意外にも食べやすい味。 レマット村は伝統的にヘビを捕まえることで有名だったが、今日では村のレストランで食用として供するために飼育されたヘビを除いてはロンビエン区およびその周辺にはヘビは残されていない、とも言われている。 ハノイから車で30分。

  • 国旗掲揚塔

    国旗掲揚塔(Cot Co)はグエン朝ザーロン帝によって1805年にハノイ城の監視塔としてフランスの技術協力を得て建てられた。 建物は三重の台座部分と、八角柱の塔で構成されており、36の花の形をした窓と、6つの扇形の窓が採光用についている。 塔の高さは33.4メートルあり、塔内部はらせん階段になっており、曲がりくねった階段を上りきると、塔上部の展望台からは旧ハノイ城跡や高層ビルなどの眺めが楽しめる。 現在は旧ハノイ城跡の隣に立っている軍事歴史博物館の敷地内にある。 ハノイの多くの歴史建造物と異なり、国旗掲揚塔は1896年のフランス統治時に取り壊されずに残り、駐屯地として使用された。 隣に建つ軍事歴史博物館が景観を遮っているので、塔の優美な写真を撮ることは難しい。 その姿はしっかりと目に焼き付けよう。

  • バーディン広場

    “すべての人間は生まれながらに平等である―” かの有名なベトナム独立宣言は、1945年9月2日、バーディン(Ba Dinh)広場に集まった群衆を前に、ホー・チ・ミン主席によって読み上げられた。 広場の名前は、もともとフランスの支配に対する初期の抵抗運動、1886‐87年の「バーディンの蜂起」にちなんで名づけられたものである。 この戦いは若きハムギ(Ham Nghi)帝を独立国家としてのベトナムの王位につかせることを狙ったものだった。 戦いはうまくいかず、結局はフランスによる植民地支配の締め付けが強化されただけだったが、後に反仏運動の気運を高めるきっかけとなった。 現在のバーディン広場は碁盤目状の通路と、きれいに刈り込まれた緑の芝生が美しく、市民の憩いの場所として朝・夕には多くの人々が集う。 芝生に入ることは禁止されているので注意。 バーディン広場の正面にはホーチミン廟があり、1時間ごとに衛兵の交代式を見ることができる。

  • 1886年に旧市街の仏教寺院跡地にフランスによって建てられたネオ・ゴシックの教会。 現在でハノイ大教会はハノイのカトリック信者の信仰の中心地として、ミサにはベトナム人やフランス人の信者が詰め掛け、その人だかりは道まではみ出すほどだ。 19世紀末、ハノイのこの地域の多くの建物はハノイ大教会のためにつくられた。 教会周辺にあるカフェでコーヒーを飲んで靴を磨こう。 教会正面入り口は通常かんぬきがかかって閉ざされており、脇のドアから入る。 一歩中に足を踏み入れれば、美しいステンドグラスと、土着とヨーロッパの装飾が織り交ぜられた教会内部の様子に圧倒されるだろう。 1954年に北ベトナムを共産党が支配して以降、多くのベトナム人カトリック信者は南へと移っていった。 今日では、おおよそ600万人のベトナム人がカトリック信者と言われている。
  • コーロア城歴史遺跡&アンズオンドゥオン寺

    ハノイから約20キロメートル離れた場所にあるコーロア(Co Loa)城歴史遺跡。 コーロア城は紀元前3世紀にアウラック(Au Lac)国のアン・ズオン・ヴオン(An Duong Vuong)王によって建設されたと考えられているベトナムで最も古い都城だ。 城は当時3~10メートルの3重の壁に囲まれた堅牢なつくりで、外城の周長が8キロメートルと広大。 考古学者によると都城全体を築くために、2万立方メートルの資材が運ばれたという。 現在はらせん上の土塁が部分的に残るほか、内城にいくつかの寺、祠、亭が点在するのみで、そのうちのディン寺では出土した青銅器時代のさまざまな遺物が展示されている。 コーロア城が建ってすぐにアウラック国は中国に征服された。 アン王は黄金の亀の神によって授けられた魔法の石弓と愛娘の首をはねた伝説が有名だ。 毎年、旧暦の1月6日にアン王を偲ぶ盛大な村の祭りが開催され、人間将棋や歌唱大会などが行われるので、ぜひ訪れてみよう。

  • 文廟

    ハノイ中心部のホアンキエム(Hoan Kiem)湖から2キロメートル離れたヴァンミュウ(Van Mieu)通りにある文廟は儒学の祖、孔子を祀る廟として1070年に建てられ、別名、孔子廟とも呼ばれる。 1076年には境内にベトナム最初の大学、国子監がおかれ、その後約700年に渡って数多くの学者や政治家を輩出した。 境内の連続する5つの区分のうち国子監の建物を除く4つがフランスの爆撃を逃れ、昔のままの姿をとどめている。 それぞれの区分ごとに門があり3つ目の門をくぐるとハノイのシンボルともいえる1805年に建立された奎文閣が出迎え、その先には中庭の池の両脇に15世紀~で行われた科挙の合格者1307人の名を刻んだ82の石碑が並ぶ。 石碑は亀の姿を模した石造りの台座にのせられており、世界記憶遺産に指定される前は、多くの人々が知恵を得ようと亀の頭をなでる姿がみられた。 文廟といわれているのは第4区にある祠で、孔子を始め、その弟子たち四配十哲が祀られている。 国子監で教育にあたった儒学者のチュー・ヴァン・アン(Chu Van An)も文廟に合祀されている。 併設された小さな博物館に展示された当時のすずりや筆、教本、服なども興味深い。 広い境内はとても静かで、しばしハノイの喧騒から離れ、昔に思いをはせてみたい。

  • ホアンキエム湖&玉山祠

    ハノイ市民の憩いの場、“還剣=ホアンキエム(Hoan Kiem)”の伝説をもつ湖をぶらぶら歩いてみよう。 太極拳をするお年寄りの女性たちや、抱き合う若いカップルなど、ここでは思い思いの時間を過ごす地元住民の姿が見える。 ホアンキエム湖の伝説は17世紀までさかのぼる。 レロイ王がこの湖を遊覧している際に、一匹の亀が王の前に現れ中国・明との戦いで勝利をもたらした宝剣を湖に還すことを求めた。 王はこの亀を黄金の亀の神、キムキー(Kim Qui)であると考え、以来この湖をホアンキエム(=還剣)湖と名づけた。 赤い橋を渡って玉山祠に行けば、た1968年に湖で捕獲され伝説の大亀の出現と騒がれた、2メートルの巨大な亀の剥製が展示されている。 ウォーキングやジョギング、写真撮影など、もしくはハノイっ子に倣って静かな湖面を眺めながらのんびり過ごすのもおすすめだ。