Hanoi Vietnam

プレミア建築 で Hanoi

  • ホーチミンの家

    故ホー・チ・ミン主席が1954年から亡くなる1969年までの晩年を過ごした場所が「ホーチミンの家」として一般公開されている。 ホー・チ・ミン氏はすぐ隣にある豪華な大統領府を嫌い、1954~1958年までは「ハウス54」と呼ばれる、もともとは職員の住まいだった黄色の小さな平屋を住居兼執務室として使用し、1958年からは新たに建てさせた高床式の住居へと移った。 いずれの建物もこじんまりとして簡素なつくりで、ホー・チ・ミン氏の高潔な人柄がしのばれる。 なかでも緑の生い茂る庭の、池のすぐ隣に建てられた高床式住居は伝統的な建築方法とフランスのモダンな様式を融合させたシンプルかつ独創的な美しいデザインで、中にはベッドルームと書斎だけがある。 喧騒から離れ故人とベトナムの歴史に思いをはせよう。 戦時中、ホー氏と彼のスタッフが空爆から逃れた掩蔽壕は庭のなかにうまく隠されており、ガイドしかその場所は分からないようになっている。

  • ロンビエン橋

    パリのエッフェル塔を設計したギュスターヴ・エッフェルがデザインしたという説もあるハノイのランドマーク的存在、ロンビエン(Long Bien)橋。 1902年完成当時はアジアで最も長い橋のひとつだった。 歩道のコンクリートブロックが抜け落ちているなど、老朽化が進んでいるが、勇気を出して橋を渡ればこのキャンチレバーの橋からはホン(Hong)河をまたがる素晴らしい眺めが見渡せる。 1954年に北ベトナムが独立するまでは、インドシナ提督、ポール・ドメールにちなんでポール・ドメール橋と呼ばれていた。 ロンビエン橋の建設には3000人以上のベトナム人が駆り出された。 ベトナム戦争時にはハノイと港町ハイフォンをつなぐ需要なルートとして、何度も爆撃を受けたが、そのたびに補修されてきた。 ロンビエン橋は四輪車は通行禁止となっており、バイクもしくは自転車専用。 歩道も設けられているが、現在は徒歩での通行は原則禁止。 カメラを片手に自転車に乗って出かけてみよう。

  • タンロン城・ハノイ城遺跡

    その昔ハノイはタンロン(Thang Long)という名で知られており、歴代のベトナム王朝が都を築いた場所だった。 2002年、国会議事堂移転計画にあたり土地の調査を行っていた建設作業員が折り重なる遺跡群を掘り当てた。 それはフランス統治時代に破壊されたと考えられていた、1010~1810年までの複数のベトナム王宮の遺跡であることが発見された。 考古学者の検証により、さらにその遺跡の一部は1300年前のベトナムが中国、唐の支配下にあった時代の安南都護府の遺構であることが分かっている。 2010年、このタンロン城遺跡とその後1804年に建てられたハノイ城の遺跡をあわせて、ユネスコの世界遺産に登録された。 ハノイ城の端門、後楼、北門、敬天殿跡のほか、国旗掲揚塔(ベトナム軍事歴史博物館敷地内)、発掘作業途中のタンロン遺跡のようすなどが見学できる。 ザップ将軍の指令のもと、遺跡内に置かれていたベトナム軍の拠点、D67の家もベトナムの歴史を知る上で重要な場所だ。 アメリカ軍によるハノイの空襲の際に使用されていた地下室をぜひ訪れてみよう。

  • 旧市街

    ミノタウルスの迷宮のごとく、かの有名な36の通りが縦横無尽に入り組んで走るハノイの旧市街。 2000年に渡る商業の歴史があり、36通りを含め旧市街全体では名前の最初に“ハン(Hang)=商い”と付く通りが50以上あり、通りの名前をみれば、そこで何を商っているのかが分かるようになっている。 例えばハンガイ(Hang Gai)通りではシルク製品を売っている。 そのほか今でもお菓子通り、金物屋通りなど、通りの名前が現すように通りごとに決まった商品を売る店が多く建ち並ぶ。 旧市街はかつてはハノイを洪水から守るための城塁で囲われていたが、1800年台末には壁は壊された。 現在は旧市街の北東部、ハンチエウ(Hang Chieu)通りに位置するクアンチュオン(Quan Chuong)門が残されるのみ。 観光はもちろん、ショッピング中毒の人間には旧市街は誘惑がいっぱいだ。 フォーのような有名なストリート・フードを食べて、ひしめく数々のショップで買い物を楽しもう。 旧市街のそこかしこで感じる1000年の歴史を見逃さず、五感を通じて体験し尽くして欲しい。

  • 市劇場

    市劇場はシンフォニーが聴けるハノイで数少ない場所のひとつ。 約100年前にフランスの植民地政府によってパリのオペラ座を模して建てられた美しいフレンチコロニアル建築はハノイにある歴史建造物のなかでも際立っている。 劇場内の設備の古さはいなめないが、それでも細部まで徹底的に19世紀のフランス様式にこだわったゴージャスな内観はぜひ自分の目で確かめて欲しい。 観賞目的以外では内部に入ることは出来ないため下記ウェブサイト(www.ticketvn.com)でプログラムをチェックしてチケットを購入しよう。 フランス統治全盛期には市劇場は役人やその妻たちの文化的娯楽を提供する場所として使用されていた市劇場。 当時舞台でパフォーマンスするのは主に西洋人だったが、1940年代には洪水の犠牲者への義援金募金の公演といった用途に限ってベトナム人も「ウェスタン・シアター」と呼んでいたこの劇場を借りることが出来るようになった。 今日では地元および海外のエンターテイナーやパフォーマーがその舞台に立っている。 観客席に座って舞台を観賞しながら、遠い異国の地にやってきたフランスの紳士淑女のためにオッフェンバッハやビゼー、ベルリオーズの作品が演じられた昔に思いをはせてみよう。 その荘厳なルネサンス建築の姿から市劇場は歴史的イベントの舞台になることも多く、1946年の5月3日には、ベトナム民主共和国の初の国会がこの場所で開催された。 1995年に補修が行われ、今日では東南アジアで最もアイコニックな歴史的建造物と考えられている。

  • フランス人街

    ハノイを占領後、フランスはホアンキエム(Hoan Kiem)湖南東部のエリアを小さな公園と黄色の瀟洒な洋館が点在するエレガントな地域へと変貌させた。 今日ではそれらの洋館は諸外国の領事館や大学、さまざまな政府機関の建物として使用されている。 ハイライトはパリ・オペラ座を模して作られた市劇場と、当時の面影を残す由緒正しきホテル「ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイ」だ。 そのほかにも、中央郵便局、ハノイ市人民委員会、ベトナム国立銀行、迎賓館、ハノイ証券取引所、歴史博物館など見所満載。 カメラを片手に、素晴らしい風景が広がるエリアを探索しよう。