Hanoi Vietnam

プレミア寺 で Hanoi

  • 鎮武観

    ハノイ市の北を占めるタイ(Tay)湖に近い、タンニエン(Thanh Nien)通りとクアンタン(Quan Thanh)通りの交差点そばにある鎮武観は、11世紀に建立された道教の寺だ。 ハノイの王都を悪霊から守るために重要な方角にそれぞれおかれた4つの寺院のうちの一つである。 寺の名前にもなっている玄天鎮武神(ベトナム語でHuyen Thien Tran Vu)はコーロア城を建築する際に王を助け悪霊を追い払いベトナムの北の国境を守ったという言い伝えがある。 入り口にある大きな3つの門、社殿の白壁に彫られた龍と虎、繊細な木彫刻、そして奥の上殿に鎮座する4トンあるという堂々たる玄天鎮武神の銅像などに注目。

  • 文廟

    ハノイ中心部のホアンキエム(Hoan Kiem)湖から2キロメートル離れたヴァンミュウ(Van Mieu)通りにある文廟は儒学の祖、孔子を祀る廟として1070年に建てられ、別名、孔子廟とも呼ばれる。 1076年には境内にベトナム最初の大学、国子監がおかれ、その後約700年に渡って数多くの学者や政治家を輩出した。 境内の連続する5つの区分のうち国子監の建物を除く4つがフランスの爆撃を逃れ、昔のままの姿をとどめている。 それぞれの区分ごとに門があり3つ目の門をくぐるとハノイのシンボルともいえる1805年に建立された奎文閣が出迎え、その先には中庭の池の両脇に15世紀~で行われた科挙の合格者1307人の名を刻んだ82の石碑が並ぶ。 石碑は亀の姿を模した石造りの台座にのせられており、世界記憶遺産に指定される前は、多くの人々が知恵を得ようと亀の頭をなでる姿がみられた。 文廟といわれているのは第4区にある祠で、孔子を始め、その弟子たち四配十哲が祀られている。 国子監で教育にあたった儒学者のチュー・ヴァン・アン(Chu Van An)も文廟に合祀されている。 併設された小さな博物館に展示された当時のすずりや筆、教本、服なども興味深い。 広い境内はとても静かで、しばしハノイの喧騒から離れ、昔に思いをはせてみたい。

  • ホアンキエム湖&玉山祠

    ハノイ市民の憩いの場、“還剣=ホアンキエム(Hoan Kiem)”の伝説をもつ湖をぶらぶら歩いてみよう。 太極拳をするお年寄りの女性たちや、抱き合う若いカップルなど、ここでは思い思いの時間を過ごす地元住民の姿が見える。 ホアンキエム湖の伝説は17世紀までさかのぼる。 レロイ王がこの湖を遊覧している際に、一匹の亀が王の前に現れ中国・明との戦いで勝利をもたらした宝剣を湖に還すことを求めた。 王はこの亀を黄金の亀の神、キムキー(Kim Qui)であると考え、以来この湖をホアンキエム(=還剣)湖と名づけた。 赤い橋を渡って玉山祠に行けば、た1968年に湖で捕獲され伝説の大亀の出現と騒がれた、2メートルの巨大な亀の剥製が展示されている。 ウォーキングやジョギング、写真撮影など、もしくはハノイっ子に倣って静かな湖面を眺めながらのんびり過ごすのもおすすめだ。

  • コーロア城歴史遺跡&アンズオンドゥオン寺

    ハノイから約20キロメートル離れた場所にあるコーロア(Co Loa)城歴史遺跡。 コーロア城は紀元前3世紀にアウラック(Au Lac)国のアン・ズオン・ヴオン(An Duong Vuong)王によって建設されたと考えられているベトナムで最も古い都城だ。 城は当時3~10メートルの3重の壁に囲まれた堅牢なつくりで、外城の周長が8キロメートルと広大。 考古学者によると都城全体を築くために、2万立方メートルの資材が運ばれたという。 現在はらせん上の土塁が部分的に残るほか、内城にいくつかの寺、祠、亭が点在するのみで、そのうちのディン寺では出土した青銅器時代のさまざまな遺物が展示されている。 コーロア城が建ってすぐにアウラック国は中国に征服された。 アン王は黄金の亀の神によって授けられた魔法の石弓と愛娘の首をはねた伝説が有名だ。 毎年、旧暦の1月6日にアン王を偲ぶ盛大な村の祭りが開催され、人間将棋や歌唱大会などが行われるので、ぜひ訪れてみよう。