360度パノラマ

著者: 新井美和
発行: 2014年10月30日9:40:04
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ベトナムのバス

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ブログの第一回に書いたように、ベトナム人の移動手段はまずはバイク。だけどバイクの免許証をとれるのは18歳から。中高生や、もうバイクには乗りたくないお年寄りはどうするか?彼らの頼りの足がバスだ。バス会社は国営で料金は一回どこまで行っても7,000VND(約35円)。一カ月パスなら200,000VND(約千円)でどのバスに何回でも乗れる。

batonamunobasu運転手さんの好きなラジオ番組が大音響で流れていることもあり。

ベトナム人でも富裕層の人たちからは、「バスなんて乗ったことがない、あなたも乗らないほうがいい」と言われる。「何が問題?」と聞いたら、「何って、全てが問題よ!」だそうだ。

確かに、まずあまり清潔ではない。つり革も椅子も、掃除や消毒をしたのはいつ?と不安になる変な艶感がいっぱいに出ている。スリも多いらしいし、運転手の運転は荒く、急ブレーキ急発進はもちろん、乗り降りのドアの開け閉めも容赦ない。

バス停に乗るべきバスが近づいてくると、自然に気合のスイッチが入る。第一、バス停での先着順行列は当然なく(これがあるのは、今まで暮らした国で日本とイギリスだけ)我先に、と乗り込むところから始まる。ここでもたもたしていると、閉まりかかるドアに挟まれる、上がるステップの途中で発進されてつんのめる、置いて行かれるなどの結果となる。降りる時も同じ。一つ前の停留所あたりで出口付近に構えていないと、確実に降り遅れる。

betonamunobasu素早く乗らないと!

そんな「すべてが問題」も含めても、バスに乗るのは面白い。世界のどの街でも、地下鉄や市バス、郊外電車などの中は、現地の人たちの日常や道徳を、象徴的に観察できる場所だと思う。荒さ(又はテキトーさ)、不衛生さ、それはこの街の真実だし、その他もろもろバスの中は発見の連続だ。

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全くの他人でこの距離感、でも微妙に互いに気を遣いあっている


まず驚いたのは座る人たち。いつも混んでいるハノイのバスは椅子の数が少ないのだけれど、ある程度車内が空いていると、人々はそこらじゅうに座り出す。また、椅子は2人までと考えているようで、特に年配の女性は、「ちょっと失礼」と言う感じで、既に人が座っている椅子に座りに行く。言われた方は、足を開いたり、横に寄ったりして、仲良し女子高生のように、二人の他人が一つの椅子に座る!さすがに男同士ではやらないようだけれど、椅子の横の床に座り、近くの他人の膝に寄りかかり肘掛にしているのは目撃した。

betonamunobasu椅子があるのは一番奥だけであとは床、靴を脱いでしまう人も・・・


子供好きなベトナム人、小さな子供を車内に立たせるのは危険、と考えるのか、子供が乗ってくると、車掌が誰か座っている女性に子供を抱かせる。どう見ても親子にしか見えないのだけれど、全くの他人。たいてい子供の方はやや緊張した面持ちをしているが(それはそうだ、、)もうそれが社会の習慣の様で、駄々をこねたりはしない。ちなみにその子供の親は、近くで立っている。

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親子では、ない。


家族連れで、母と息子が椅子に二人掛け、父は床に座り一緒に絵本を読んでいる一家もいた。そこは彼らの家の居間?というようなほのぼのとした空気が流れていた。が、しばらくして子供がむずかり出す。お父さんが車掌に何かを頼み、渡されたミニビニール袋は、子供のおしっこ用だった。おしっこトレーニングin バス!!まわりの乗客も車掌も父子の様子を微笑みながら見守っている。

しかし一番驚いたのは、最後に、その液体の入った袋を、車掌が厳しい顔で「窓から捨てろ!」と指示し外へ放り投げたことだった。バスから飛んでくる袋には要注意だ。

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リビングルーム化している車内、この後事件が、、、。


ハノイのバスには、車掌が必ず乗っていて集金や車内でのシキリは彼の仕事。「混んできたから後ろに詰めろ」、「そこの寝ている青年、年配者にその席を譲れ」など、指示を飛ばしまくり、皆よくそれに従っている。いずれにしても、バスの乗客のほとんどが、中高生かお年寄り、と極端な年齢差があるので、若い子たちはごく自然に年配者に席を譲る。40代の私でさえ時々譲って頂き恐縮なのだけれど、若い子たちが年上の他人を敬う姿はやっぱり清々しい。

betonamunobasu

集金、よろず事対応、車内のシキリ、車掌は多忙だ。無言の機械にはできない仕事。


夜になると、通学の学生はほとんどいなくなり、日中天秤竿を担いで行商をしたおばさんたちが、空になった籠を持って乗ってくる。みんな日焼けして疲れきっている。でも一日を終えた安ど感もいっぱいに出ていて、もうじき長い一日の任務を終えるであろう車掌も、静かに切符を切るだけ。

バスの中の風景は時間帯によってそれぞれ。でもどの風景の中でも、至近距離で乗客一人一人の生活が感じられ、まるで小さな村に入り込んだようだ。ひょっとしたら、車内は一つの囲われた村なのかもしれない。

たまに席に座れると、いつ2人座りの申し出を受けるのかなと、怖いような楽しみなような気がするけれど、この街(村?)の生活に、ちょこっと参加できる気がするバス乗りはやめられない。

交通, 実用情報, Vietnam

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